2025.02.19メディアNew


公益財団法人モラロジー道徳教育財団の月刊誌『れいろう』2025年3月号
ヒューマン・ギルド代表 岩井俊憲「心に残る話 ― 再生記念日」が掲載されました。
内容は以下からご参照ください。
再生記念日
「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」「おん あろりきゃ そわか」
病院に運ばれる救急車の中で、同乗する妻に緊急連絡の依頼をしつつ、私は薬師如来と観世音菩薩の真言を交互に唱えていました。
白く冷たくなっている左手がまひした状態であり、いくつかの検査後、医師からは「下垂手」(正式診断名は「橈骨(とうこつ)神経麻痺」)と告げられました。
ところが、日に日に指先や手のひらが黒ずんできました。再検査をしたところ、左手の動脈に血栓が詰まった「動脈塞栓症」だと判明し、即、血栓の除去手術。壊死状態の指先を抱えながら2度、計21日間に及ぶ入院を経て、親指を除く、指の4本を失いました。
ずっと治療にあたってくれていた形成外科医から、左手の肩、肘、手首、指先のいずれかから切断するという予測して伝えられており、そのことから考えると、ベストの結果ともいえ、振り返れば「命拾いの体験」になりました。もし血栓が脳や心臓に飛べば死に直結か、後遺症の懸念がありますし、足ならば歩行に困難が生じていました。
私は仏教と、40年以上学び伝えているアドラー心理学、さらには生活を共にする妻に支えられ、不便感はあるにせよ、手術前とそう大きく変わらない生活をしています。
左手の指の切断の日―私たち夫婦は「再生記念日」と呼んでいます―である4月23日から、ほぼ7カ月後の11月19日に「身体障害者手帳」を手にして、老いたる【身体障害者】としての「覚悟・決意・忍耐」をもとに自らの生き方をあらためて問い直しました。
・障害者になってしまったことは、不運であるが不幸ではない
・障害を抱えながら生活することは、不便ではあるが不幸ではない
障害者としてはアマチュアレベルの私ですが、リハビリを受けながら、弱気になるときは、周囲の人たちのサポートに感謝しつつ、私を支えてくれる“パラリンピックの父”ルードヴィッヒ・グットマン博士の言葉で自らを勇気づけています。
「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」
◆岩井のブログもご参照ください。
アドラー心理学による勇気づけ一筋40年 「勇気の伝道師」 ヒューマン・ギルド岩井俊憲の公式ブログ (goo.ne.jp)